冬眠

たべるの、むずい

戦うことに疲れたみたい

「愛することに疲れたみたい 嫌いになったわけじゃない」と松山千春が歌っているように、私も過食と向き合うことに疲れました(千春関係ない)。

朝起きて、

「昨日は過食してしまった」とか

「今日は過食するだろうか」とか

懺悔や怯えを感じることに、ほとほと嫌気がさしています。

もう、べつにいいではないか。

冬は過食、夏は拒食という毎年恒例行事なのである(行事だったのか)。冬は寒くなるように、夏は暑くなるように、過食も拒食も自然現象だと思えばいい。

両親の深い愛情を感じたり、他者に優しくされた時、私はいつも居心地が悪くなります。

そして、詰めたくなる。詰めて詰めて、自分を罰したくなる。

それは私が、与えられるものに対して、分不相応だと感じているから。

でも、そんな事思わなくていい。

もらったプレゼントは素直にそのまま受け取って「ありがとう」と感謝すればいい。

過食を刑罰にしないで、ただの状態だと思えばいいのです(言い聞かせ)。


母から毎日挨拶のように「髪ボサボサだね」と言われるので15年ぶりにパーマをかけました。松ぼっくりみたいになりました。

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