冬眠

たべるの、むずい

女生徒③

太宰治「女生徒」以下好きだった部分抜粋。


「ほんとうに私は、どれが本当の自分だかわからない。読む本がなくなって、真似する手本が何にも見つからなくなった時には、私は、一体どうするだろう」
(本当そうですよね。ファッション雑誌も週刊誌もワイドショーもなくなったら世の中どうなるんだろうなぁ…。真実だけ淡々と伝える新聞やニュースのみの世界も面白いかも)


「自分の個性みたいなものを、本当は、こっそり愛しているのだけれども、愛して行きたいとは思うのだけど、それをはっきり自分のものとして体現するのはおっかないのだ。人々が、よいと思う娘になろうといつも思う。」
(中学生らへんの自分は特別な人間でいたい気持ちと普通な人間でいたい気持ちのまぜこぜな感情が思い出されます。私は30過ぎても変わってないですがw)


「なぜ私たちは、自分だけで満足し、自分だけを一生愛して行けないのだろう。本能が、私の今までの感情、理性を喰ってゆくのを見るのは、情けない。ちょっとでも自分を忘れることがあった後は、ただがっかりしてしまう。あの自分、この自分にも本能が、はっきりあることを知って来るのは、泣けそうだ。お父さん、お母さんと呼べたくなる。」
(本能なんて、いらない。本能なんて、怖い)


「なぜ、このごろの、自分がいけないのか。どうして、こんなに不安なのだろう。いつでも、何かにおびえている。この間も、誰かに言われた。「あなたは、だんだん俗っぽくなるのね。」」
(本当に小さかったころ、私たちは誰しもが自分だけの世界で生きていて、そしてそれは聖域で、誰にも邪魔されなった。でも、成長し社会の中で生きていく中で、揉まれて、平になり、自分はありふれた存在であると知ってしまう。ちょっとハルヒ思い出すなこのへん)



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